Braze City×City Tokyo 2024 の特別セッションでは、三井住友海上火災保険・ディー・エヌ・エー・Braze の各リーダーが、AI 活用やデータドリブンな顧客エンゲージメント戦略、業界別の顧客体験向上について実例をもとに語り合いました。新規顧客獲得と LTV 向上のバランス、社内体制強化のアプローチまで、これからのマーケティング戦略を担う方に役立つ内容です。
本レポートでは、Braze City×City Tokyo 2024 の最後に行われた特別セッションの様子をお届けします。特別セッションでは、AI を活用したマーケティング戦略と顧客体験の向上に焦点を当て、三井住友海上火災保険の木田浩理氏、ディー・エヌ・エーの村口賢一郎氏、Braze の小林里帆氏によるディスカッションが行われました。セッション内の各テーマに沿って、イベントのハイライトをお届けします。
本セッションの内容は次の 6 つのテーマで構成されています。
INDEX
企業の CMO は、一般的にはマーケティング部門のトップとして、企業全体のマーケティング戦略の策定・実行、組織を横断的にまとめ全社的なマーケティング活動の一貫性を確保するためのリーダーシップを取る重要な役割を担っています。しかし、それぞれの業界での細かな役割や課題は異なります。
三井住友海上火災保険の CMO である木田氏は、保険業界ならではの課題に直面していると述べ、まず保険という商品特性が顧客体験の向上を難しくしている点を指摘しました。というのも、多くの加入者は事故に遭うことが少なく、保険を利用する機会が限られています。実際に事故に遭う加入者は全体の 10% ほどで、残りの 90% の顧客との接点が少ないため、どうやって接点を増やし、顧客体験を改善していくかが課題です。また、木田氏は「保険は多くの顧客にとって更新時期に思い出す程度の存在で、税金のように感じられ、ネガティブな印象が付きやすい」と説明しました。更に、保険業界全体でも代理店ビジネスモデルの変革が求められていると述べ、こうした背景から、木田氏は代理店に依存せず、いかに CRM を駆使して顧客接点と長期的なエンゲージメントを構築するかが重要と述べました。
こうした取り組みに対し、Braze の小林氏から、「CRM の重要性を社内でどう浸透させているのか」という質問が投げかけられました。
木田氏は、自身が所属するマーケティング部門も 3 年前に立ち上げられ、部内にマーケティングという概念がない中、ゼロから CRM 体制を構築してきたといいます。CRM の必要性や CDP の構築が求められる中、社内では文化的な啓蒙や人材育成などが欠かせないと述べ、まず小さな成功体験を積み重ね、その成果を具体的な数字で示すことが必要だと述べています。こうした成功事例が、組織全体での共通認識を育むためのカギとなっています。
一方、ディー・エヌ・エーの CMO である村口氏は、自身が責任者を務めるサービス「Pococha」において、予算配分の重要性を挙げました。KPI が多岐にわたる中で、一つ一つの指標にとらわれるのではなく、「会社全体の売上や営業利益を達成するためのマーケティング活動を俯瞰して見て、限られた予算をどこに投入するかを判断することが CMO の役割」と述べました。また、新規獲得後のユーザーとの顧客体験をどう作るか、どこにどういう割合で予算を割くかを考えたときに、例えば獲得の部分だけでなく既存顧客のエンゲージメントに伸びしろを見つけて、優先順位や配分を考えながらバランスの取れた戦略を CMO として進めていくことが重要と述べました。
これに対して Braze の小林氏から村口氏に対し、優先順位をつける際の周囲からの反発についての質問がありました。村口氏は、認知向上や基盤づくりなどの成果が目に見えにくい施策を実行する際、「無駄だ」と判断されがちであると説明しました。しかし、データ分析や基盤づくりといった初期投資が成果に結びつくためには、周囲に理解してもらう努力も必要だと述べ、成果が出るまでの結果が見えないフェーズに、どれだけ予算を認めてもらえるかが CMO に求められる課題だと強調しました。
村口氏は、顧客体験について「業界によって異なるが、本質は、顧客にとって便利で有益な体験を提供すること」と述べています。たとえば、エンターテインメント業界においては、プラットフォームに来た段階で顧客体験は始まり、そこからのエンゲージメントが収益や離脱防止につながる重要な要素です。村口氏は、アメリカで行われた Braze のイベント「Forge」に参加した際、日本における CRM の多くが「どんなメッセージをどんな風に送るか」という考え方で施策を企画するのに対し、グローバルでは、「顧客にとっていかに役に立つか」を重要視していることを知り、気づきになったとのことです。顧客にとって「役立つ」「面白い」と感じられるコンテンツや通知を提供することが本当の意味でのエンゲージメントに繋がるという考え方です。
さらに、村口氏は、ユニークな顧客体験の実例として、とあるバーガーチェーンの施策を共有しました。このバーガーチェーンでは、顧客が自社のアプリを通じて他店に入ろうとすると、GPS 機能を活用し、割引などのプロモーションをその場で通知します。村口氏は、このような施策が顧客の行動に合わせたクリエイティブな体験を提供し、従来の一方向的なメッセージングとは異なる「インタラクティブで価値あるコミュニケーション」として機能している点に感銘を受けたと述べました。こうしたアプローチにより、顧客が期待する以上の体験を提供し、エンゲージメントがより深まる可能性を高めることができます。
これに対し、Braze の小林氏は「クリエイティビティ」というキーワードに注目し、村口氏が現在取り組んでいるクリエイティブ施策について質問しました。村口氏は、「自社のライブ配信プラットフォーム『Pococha』では、ユーザーがライバー(配信者)と適切にマッチングされることがエンゲージメントのカギになる」と説明しました。ユーザーが興味を持つコンテンツや好みに合った配信者を見つけられないと、離脱に直結するため、カスタマージャーニー全体を通じた顧客体験の向上が重要だと述べました。具体的には、プロダクトチームと協力し、趣味や嗜好に応じたレコメンド機能の改善に取り組んでいるとのことでした。
これに続き、木田氏も CRM を用いた顧客体験の向上について、自社での具体的な取り組みを紹介しました。木田氏のチームは、発足当初わずか 5 人でスタートしたのですが、まず最初に CDP の構築に注力し、データの収集・分析体制を整備することで、顧客の行動やニーズに基づいたマーケティングを実現してきました。損害保険業界特有の課題である「利用頻度の低さ」や「ネガティブな商品イメージ」に対応するため、CDP で蓄積したデータを活用し、事故時や契約更新時など顧客が感じる負担や不満を徹底的に分析し、UI/UX の改善に努めているとのことです。
また木田氏は、社内にマーケティング文化を根付かせるために、組織全体の教育と人材育成にも尽力してきたと述べています。具体的には、カスタマージャーニーにおいて多くの保険加入者は事故に遭うことが少ないため、ペインポイントは細かい部分になるとのこと。そこで社内のマーケティングチームで顧客アンケートやカスタマージャーニーのワークショップを現在も継続して実施し、課題を見つけているそうです。そうした取り組みを当初の 5 人のチームから始め、現在では 1000 名以上にまで拡大し、UX や顧客体験の向上を図る体制を築いているとのことでした。また、こうして育成した人材は、現場で顧客エンゲージメントの重要性を啓蒙する「核」となり、更にその現場を支援するセンターオブエクセレンスを社内につくることで、マーケティングの活性化を支援できるようになりたいと述べました。
こうした取り組みを実現するため、組織全体にマーケティングの専門知識が行き渡るよう、資格制度やボーナス制度を導入し、従業員のモチベーションを高めることで、マーケティングに対する理解を深める文化が根付いてきたと語りました。
この木田氏の取り組みに対し、村口氏は「Pococha」でも初期段階からユーザーを獲得し、リテンションを高めるエンゲージメントの重要性が認識されているが、それと同時に、サービス内での目的がバラバラだったり、異なるチームで目指す方向が統一されていなかったりする課題も抱えていたと述べました。このため、全社的にマーケティングの共通目標を持つための統合的な戦略に力を入れ、他部門も含めて一丸となって同じ目標を追いかける体制を整え、チームの方向性を合わせることに注力してきたそうです。
顧客体験を高めることは LTV の向上につながるが、新規顧客の獲得と既存顧客 LTV 向上にバランスよく取り組むために重要なことは何か、という質問に対し木田氏は、CRM を活用したデータ分析を通じて、顧客ニーズに応じたアプローチを行うことが LTV 向上に不可欠であると述べました。データサイエンティストとしての経験を持つ木田氏は、顧客の行動を正確に分析し、最適なタイミングでのコミュニケーションを重視しているといいます。特に保険業界では、顧客との接点が限られているため、既存顧客との関係を維持しながらも、新規顧客の獲得にも注力が必要です。木田氏のチームでは、CRM と新規獲得の両方の役割を持つチームを設け、予算配分を柔軟に行うことで、どちらの施策も継続して進められる体制を整えていると説明しました。
村口氏は、「LTV の方程式を理解しているかどうかが鍵」とし、LTV 向上を重視したマーケティング活動の投資判断が重要だと強調しました。新規獲得には多額の投資が必要となる一方で、リピート率をわずか 1% 向上させることが、新規顧客獲得と同等以上の価値をもたらす場合もあるため、コスト対効果を見極めることが重要です。村口氏は、「マス広告にかけるコストと、LTV を向上させるための施策を天秤にかけながら、全社的なバリュー向上のためにどこに投資すべきかを判断するのが CMO の役割」と語りました。また、LTV の最適化にはマーケティングだけでなく、プロダクトや CRM チームとの連携が欠かせないと述べ、全社横断での取り組みが必要であると指摘しました。
続いて、「LTV の向上やデータ活用において、それをプランニングできる人材が社内にいない場合、どのように対処すれば良いか」という質問に対して木田氏は、自社では、元々いるデータサイエンティストを再教育し、マーケティングの重要性を認識させたと説明しました。数学的なデータ解析スキルを持つ社員に、マーケティングの視点を付加することで、CRM や LTV 向上の戦略を支える人材へと育成しているといいます。
また、村口氏は、「まず社内にあるデータを活用できることを示すところから始める」と述べ、データが潜在的に持つ価値や活用方法を社内で明確にすることが重要だと述べました。木田氏も、この考えに共感を示し、「全国にいる社員にプロジェクトを呼びかけ、隠れたマーケティング人材を発掘する」という試みを紹介しました。営業部の中にも実はマーケティングに興味があるという若い社員は多くいるようで、マーケティングの分野で自分の力を試せる機会を提供することで、才能を見いだし、次世代のマーケティングリーダーを育成していると説明しました。
新規顧客の獲得と既存顧客の LTV 向上を並行して進めるためには、柔軟なデータ活用と全社的な協力体制が不可欠であり、両者のバランスを保ちながら継続的に取り組む姿勢が重要です。
AI が今後の顧客体験やマーケティング活動に与える影響について、村口氏、木田氏は、それぞれの見解を共有しました。
村口氏は、AI がマーケティングにおいて特に「検索から提案へ」というシフトを引き起こしていると語りました。従来、ユーザーが自ら情報を探していたのに対し、Netflix や Amazon のレコメンド機能のように、自分に合ったコンテンツが当たり前に自動的に提示される時代に突入しています。村口氏は、「サービスを使っている時点で、ユーザーが興味を持つ情報を提案し、ユーザーが手を伸ばしたいと感じる瞬間にフォローすることが重要」と述べ、自社の CRM の役割がコンシェルジュやパートナー的な存在として、顧客体験を向上させるように進めていきたいと語りました。
また、村口氏は、AI が顧客ごとに細かくセグメントされたレコメンドを提供できる点に着目し、「ユーザーが提案が自分だけのために作られたものだと感じると、特別な体験が生まれる」と語りました。このように AI によって細やかにパーソナライズされた体験が可能になり、検索するのではなく、必要なものが自動的に提供される「提案型」の時代へと変わりつつあります。小林氏から「AI と人間の役割分担」について質問を受けた際には、村口氏は「AI が労力を省く一方で、創造性や感情面は人間に委ねるべき」と回答し、AI による自動化が進む中でも、人間が持つエモーショナルな価値創造の重要性を強調しました。
これに続いて、木田氏は、AI がマーケティング業界に本格的に浸透し、クリエイティブな活動にまで影響を与え始めた現状を紹介しました。木田氏は「ビッグデータの時代は終わり、一気に AI というバズワードが広がり、今や広告制作やリサーチなど、クリエイティブな領域においても AI が主体となる時代に移行している」と述べ、特にカンヌ広告祭での AI 活用事例を挙げました。クリエイティブ制作が AI 主導で行われることにより、例えば広告代理店などと何度も会議を重ねることなく、その場で出たアイデアやイメージを、AI で即座に形にすることが可能になっています。この結果、従来のマーケティング手法が変わり、AI に依存する時代が来ると語りました。
さらに、木田氏は、「AI がもたらす分析結果やパーソナライズドな提案が一般化することで、これまでのマスメディアやインフルエンサーの影響力が弱まり、AI の結果に基づいて消費者の行動が決まることが増えるかもしれない」と述べました。このような変化の中、マーケティングの手法も AI に適応する必要があり、AI によるデータに基づいた正確なターゲティングの一方で、AI がカバーできない微妙な人間の感情に寄り添ったクリエイティブな活動も求められると指摘しました。
このディスカッションから見えてきたのは、AI の台頭による顧客体験変化は、企業にとって新たなマーケティングの挑戦でもあるということです。AI が自動的に提案を行うことで、ユーザーはよりパーソナライズされた体験を得られる一方、企業側では「人間らしい感情」を反映させたクリエイティブなアプローチを並行して進めることが重要です。
最後に小林氏は顧客エンゲージメント戦略を実行する際の課題について、木田氏と村口氏に質問を投げかけました。小林氏はカスタマーサクセスマネージャーとして現場でユーザーと会話をする中で「他の業務が優先され、十分な時間を割けない」「施策を実行する体制が整っていない」「社内で関係者をうまく巻き込めない」などの悩みが多く寄せられると指摘し、両氏がこれまでにどのような課題に直面し、どう乗り越えてきたかについて尋ねました。
まず、木田氏は「まさに悩みの連続だった」と振り返り、特に日本企業の環境下でのチャレンジが多かったと述べました。木田氏のチームでは、エンゲージメント強化のために CDP や顧客エンゲージメントを実行するための計画をするなかで、導入を進めるにあたり、経営層や他部署からの理解を得ることが大きな壁になったといいます。特に、エンゲージメント戦略の重要性や投資効果の説得が難しく、予算獲得も容易ではなかったとのことです。
木田氏がこの壁を乗り越えるために取った戦略は、「スモールサクセスを積み重ね、目に見える成果を見せること」でした。たとえば、デジタルマーケティングの施策で短期間での効果を実証し、小さな成功事例を積み重ねることで、社内での信頼と理解を少しずつ獲得したのです。「大きな成果をいきなり狙うのではなく、段階的に実績を示していくことで、徐々に予算を増やし、施策の規模を拡大していくアプローチが効果的だった」と木田氏は語り、目に見える成果が最も強力な説得材料であると強調しました。
続いて、村口氏も自社での課題と解決策について語り、「Braze のエバンジェリスト的な存在が社内にいたことが大きな助けになった」と述べました。その社員とともに Braze のイベント「Forge」に参加した際に、世界各国の企業から学ぶ機会があったことが大きな気づきにつながったといいます。特に「チームエンゲージメントオフィサー」という役職を持つ担当者がいる企業が多いことに驚き、「日本ではあまり見かけない肩書だったが、これこそが自社のエンゲージメント戦略を進化させるヒントになった」と語りました。この気づきから、自社にもエンゲージメント専任チームを設立することを決断し、新たに担当者を採用したそうです。
しかし、組織に新しいチームを設立するには、担当者の役割や目的について社内の理解が必要です。
村口氏は、このような新しい役職やチームの設立がもたらすメリットを、経営陣や関係者に納得してもらうために、具体的な事例と数値効果だけでなく、「ワクワク感」を重視したと述べました。特に、Forge イベントでの体験や、グローバル企業の革新的な取り組みから得たインスピレーションを共有することで、経営陣にエンゲージメントの重要性や将来の可能性を実感してもらい、社内の理解と支援を獲得したと言います。村口氏は「ただ数値だけで説明するのではなく、ワクワク感やクリエイティブな要素を合わせて提案することで、ステークホルダーの共感を得やすくなった」と語り、エンゲージメント戦略を成功させる上での説得のアプローチについても示唆しました。
最後に小林氏は、この 2 人の実体験から「大きな成果に至るまでの地道な努力が、どのようなビジネスにも共通して重要であることが伝わった」と締めくくりました。
エンゲージメント戦略の実行に際しては、単に実行するだけではなく、ステークホルダーの支持を得るための小さな成果の積み重ねや、共感を得るための「ワクワク感」を提供することが、社内の巻き込みや長期的な施策展開にとって効果的な要素です。
特別セッションでは、AI の活用による顧客体験のパーソナライズ化、データに基づいた顧客エンゲージメントの進化、さらには企業内での組織体制強化について、さまざまな知見が共有されました。AI によって「検索から提案へ」と移行する顧客体験が標準化される中で、企業側には単なるレコメンドを超えた、コンシェルジュ的な存在として顧客体験を向上させることが求められています。ただその一方で AI による自動化が進む中でも、人間が持つエモーショナルな価値も重要です。
木田氏と村口氏の対話からは、業界や企業規模の違いを超えて、顧客との接点をどう深めるか、AI と人間の役割をどう分担し、顧客にとって本質的な価値を提供するかという共通の目標が見えてきました。同じような目標を掲げる企業も多いと思いますので、自社の取り組みを進める上で少しでもヒントを得ていただければ幸いです。
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